投稿日:-------- --
投稿日:2007-10-16 Tue
今日10月16日は 私達に縁の深い偉大なテノール マリオ デル モナコの25回目の命日です。
イタリアでは 夜の8時から国営ラジオで 彼を偲んで特別番組が放送されます。

私達の住んでいたパルマ市には 3つのオペラクラブ(同好会)があり、
以前は 毎週末オペラ歌手を招いてコンサートが行われていました。
毎週 街角にそれぞれのポスターが張り出され、
午後9時の開演時間、会場となる大広間は
街のあちこちから集まったオペラファン達で満員になったものです。
我が家の近くにあった≪パルマ リリカ≫の入り口には 大きな籠が置かれていました。
学生の身の主人と私は いつも1000リラ札(100円相当)1枚持って聞きに行きました。
若い歌手から 現役の歌手、古き良き時代の歌い手まで 本当に大勢のオペラ歌手の歌を
すぐ近くで聴く事が出来ました。
25年前のある秋のコンサート、
司会者の言葉に 会場の聴衆が一斉に立ち上がり、黙祷を始めました。
まだ イタリア語がよくわからなかった私達は 後でそれがモナコへの黙祷だった知りました。イタリア中が悲しんだ1日でした。

写真は アドリア海沿いのペーザロ市にある デル モナコの墓です。
現在 ペーザロ市の名誉市民として、教会の正面玄関の脇にあるこの墓で
リーナ夫人と共に静かに眠っています。
私達は イタリア旅行の折には
パルマから350キロほど離れたペーザロの彼の墓に真紅の薔薇を1本供えます。
毎日祈りを捧げに来る デル モナコのファンにも出会いました。
投稿日:2007-10-05 Fri
イタリア語でアチェートは 「お酢」、バルサミコは 「芳香性の」という意味です。
バルサミコ酢とは 北イタリアのレッジョエミリア県、
モデナ県で作られる「かぐわしい香の酢」なのであります。

写真のバルサミコ酢は 私がお料理を習ったパルマの高級お惣菜店
「ロッカ ロマーニ」のオリジナルブランド、モデナ産です。
日本では 甘酸っぱい風味が日本人の口に合ったのか
スーパーに行くと イタリア本来のお酢「ワイン酢」より品揃えが多いのに 驚かされます。

これは ≪アイスクリームのバルサミコ風味≫とでも言いましょうか
パルマの隣町 レッジョ・エミリアの観光案内地図の解説で見つけた
バルサミコ酢の本場の食べ方の1つです。
トロッとして、甘味の強いちょっと贅沢なお酢を使います。
長い歴史を持つバルサミコ、
本物は5年10年と時間をかけて作ります。
昔々は 贅沢な貴族達の間で 気付け薬や頭痛薬として 珍重されていたそうです。
私がバルサミコ酢と出会ったのは 随分前、モデナでの主人のコンサートの後、
地元の方々と行ったレストランで食べた≪子牛のスカロッピーネ バルサミコ風味≫でした。
モデナの名物料理、
60キロ程しか離れていないのに パルマのレストランでは お目にかからないお料理に
びっくりしました。
話は 飛びますが、
モデナは F1 フェラーリの町。
ワインは 勿論"フェラーリ"。イタリアの有名なスプマンテ(スパークリングワイン)で
大切な場面には 欠かせません。
肉料理と一緒に運ばれてきた、サラダに たっぷりとバルサミコ酢をかけて
「こうやって バルサミコを優しく混ぜてあげると、サラダが美味しくなるんだよ。」と
丁寧に混ぜ合わせてくれた モデナのおじさんの姿を今でも思い出します。
「そんなにかき混ぜたら、サラダ菜がシナシナになる…!」
と気をもんだ私でした。
投稿日:2007-09-18 Tue
先日の台風では 各地で大きな被害がありました。東京にも大雨警報が出て、
テレビのニュースでは 停電対策をするよう呼びかけていました。
さっそく私達が用意した停電グッズです。

3本立ては 何処かの市場で買いました。
赤や緑のロウソクを立てて、クリスマスのパーティーをした事もあります。
赤いクリスマスツリー型のロウソクは 何年も前から火を点ける事が出来ません。
きっと ずっとこの姿で 使われる事は無いでしょう。

1本立ては もう20年以上前から 我が家にあります。
パルマに来ていた後輩からのプレゼント。
北イタリアは 雷と共に夏が来て、雷と共に夏が終わります。
アパートの5階にあった私達の部屋から、よく稲妻見物をしました。
勿論 ロウソク立ては大活躍でした。
△ PAGE UP








